肛門周囲腫瘍とは
犬の肛門周囲に認められる腫瘍として主に肛門周囲腺腫、肛門周囲腺癌、肛門嚢アポクリン腺癌の3つが挙げられます。
①肛門周囲腺腫(Perianal Adenoma: PA)
PAは肛門周囲腺(肛門周囲の皮脂腺)を起源とする良性腫瘍です。PAは肛門周囲の腫瘍の58%~96%を占め高齢の未去勢雄に頻発します。典型的には比較的緩徐な成長で複数発生し転移はしません。
②肛門周囲腺癌(Perianal Adenocarcinoma: PAC)
PACはPAと同様に肛門周囲腺を起源とする腫瘍です。悪性型のPACは肛門周囲の腫瘍の5%~21%を占め性別に関係なく高齢犬で認められます。成長が早く孤立性に巨大化し局所に潰瘍を生じます。診断時転移率は15%以下ですが、時間が経過し巨大化したPACでは所属リンパ節および遠隔転移(肺、肝臓、腎臓、骨)の可能性があります。
③肛門嚢アポクリン腺癌(Apocrine Gland Anal Sac Adenocarcinoma: AGASAC)
犬猫の肛門には肛門嚢と呼ばれる左右一対の袋状の器官があり、独特の悪臭を放つ分泌物を貯留しています。AGASACは肛門嚢の分泌腺であるアポクリン腺由来の腫瘍で、肛門周囲の腫瘍の約17%を占めます。性差や不妊手術の影響はないとされ、雄雌ともに高齢犬で認められます。通常片側の肛門嚢が腫瘍化しますが14%の患者では両側性に発症します。非常に悪性度が高く診断時に26~96%の患者で所属リンパ節転移や遠隔転移(肺、肝臓、脾臓、骨など)が認められ、1cm以下の局所腫瘤病変でも転移を生じます。また、腫瘍随伴症候群として16~53%の患者で高カルシウム血症を起こします
症状:
肛門周囲に異常があると、しきりにお尻を気にしたり地面に擦り付けることがあります。症状がないことも多いため、肛門周囲を定期的に観察し腫瘤や出血、潰瘍などの異常を確認する必要があります。腰下リンパ節転移による骨盤腔の狭窄(便秘、テネスムス)や高カルシウム血症(多飲多尿、食欲不振、嘔吐、骨格筋の虚弱、 沈鬱・昏睡、発作など)に関連した症状を示すこともあります。
診断:
シグナルメントや病歴、直腸検査などから腫瘍を予測し診断手順や治療方法を決定します。FNA(Fine Needle Aspiration)や切除生検により病理学的に腫瘤を診断します。FNA検査は麻酔なしで実施できますが、PAとPACを区別することはできません。特にPACやAGASACが疑われる場合はレントゲン検査や超音波検査、CT検査などによる病期診断(ステージング)が重要です。
治療・予後:
①肛門周囲腺腫(Perianal Adenoma: PA)の発生には性ホルモンであるアンドロジェンが関与しているため、去勢手術により腫瘍の縮小と再発予防効果が期待できます。腫瘍は1cm以下のマージンで切除可能とされ、再発率も10%と低く良好な予後が期待できます。
②肛門周囲腺癌(Perianal Adenocarcinoma: PAC)は局所浸潤性が強いため1-3cm以上のマージンを含む広域な外科切除が必要です。腫瘤が巨大化する前に積極的な外科治療を行い、特に生検後の初回手術で腫瘍を完全切除することが重要です。手術時に転移が無く早期(局所腫瘤が5cm以下)に完全切除できた場合は、多くの患者で治療後2年以上再発の無い良好な予後が確認されています。所属リンパ節転移が認められる患者ではリンパ節郭清(リンパ節の切除)を行います。近年PACにPAと同様のアンドロジェン受容体が同定されたことからPACにも去勢手術や抗ホルモン治療が有効である可能性が示唆されています。再発率は75%と高いものの積極的な再手術(局所や所属リンパ節の再切除)により長期的な緩和効果が期待できます。
③肛門嚢アポクリン腺癌(Apocrine Gland Anal Sac Adenocarcinoma: AGASAC)も局所腫瘤の外科切除が必要です。肛門嚢に発生するAGASACは直腸や肛門括約筋などと隣接し解剖学的マージンを確保しにくく完全切除が難しいことがあります。一方で広範な外科マージンの確保した切除の完全性は生存期間と相関せず、診断時の転移の有無がより重要な予後関連因子とされています。診断時に所属リンパ節転移が存在する患者ではリンパ節郭清を行います。高カルシウム血症に対しては術前に点滴や利尿薬により血清カルシウム濃度を正常化します。報告された中央生存期間は500-1000日で、所属リンパ節転移や遠隔転移の無い患者では局所切除単体でも長期的(>1775 日)な予後が期待できます。転移が存在する患者の生存期間は358日ですが、手術時にリンパ節郭清を行った場合は生存期間の延長(546日)が期待できます。転移が認められた患者でも抗がん剤や放射線治療などの補助療法による効果が期待できることがあります(1927日)。
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武相動物病院 獣医師 岩屋大志郎
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