前十字靭帯断裂
病気の概要
犬の前十字靭帯断裂は、膝関節における最も一般的な整形外科的な問題の一つです。この靭帯は、脛骨(下腿骨)が前方にずれるのを防ぎ、膝の安定性を保つ重要な役割を果たしています。前十字靭帯が断裂すると、膝関節が不安定になり、痛みや跛行が引き起こされます。
原因
犬の前十字靭帯断裂は、以下の要因によって引き起こされることが多いです。
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過度な運動や急な動き: 走る、ジャンプする、方向を急に変える動作によって靭帯に負荷がかかることがあります。
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加齢: 年齢とともに靭帯が脆くなり、断裂しやすくなります。
後発犬種
特定の犬種では、前十字靭帯断裂のリスクが高いことが知られています。
(例:トイ・プードル、ヨークシャー・テリア、マルチーズ、チワワ、柴犬、ラブラドール・レトリーバー、ロットワイラー、バーニーズマウンテンドッグなど)
肥満傾向の犬で発生しやすい疾患です。
小型犬〜15kg以下の中型犬では7歳以降に靭帯が断裂する傾向にあると言われています。
大型犬では4歳以下で断裂が起こったり、慢性関節炎が5〜7歳で現れることが多いとされています。
左右ともに前十字靭帯断裂が起こることも多く(3割程度)、片方の発症から半年〜1年以内に反対側の発症することも多いです。
症状
前十字靭帯が断裂すると、犬は膝の不安定性を感じ、以下のような症状が現れます。
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突然の跛行
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膝を痛がる様子
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膝の腫れや硬直
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運動を避けるようになる
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長時間休息後に動きが悪くなる
検査
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歩行検査により、現在の症状(左右の確認)や歩き方のチェックを行います。
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緊張から、院内では症状が認められないことも多々あり、ご自宅で動画に収めてきた症状を見させていただく場合もございます。
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触診や「引き出し徴候」テスト、膝関節の安定性を確認する「脛骨圧迫テスト」などの臨床検査が行われます。また、X線により詳細な検査を行います。
治療
前十字靭帯断裂は、通常以下の治療法で対応されます。当院の整形外科では同じ足は2つとしてないと考えており、その子の病態(膝蓋骨脱臼の併発など)を考えて最適な治療方法を提案致します。
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外科手術: 完全な断裂や症状が重い場合には、外科手術が一般的です。TPLO(脛骨高平部水平化骨切り術)やTTA(脛骨粗面前進術)、人工靭帯による膝関節の安定化を行います。
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保存療法: 部分的な断裂の場合、安静、消炎鎮痛剤の投与、体重管理などで改善を試みることもあります。
TPLO
TPLO(脛骨高平部水平化骨切り術, Tibial Plateau Leveling Osteotomy)は、犬の前十字靭帯(ACL)が断裂した際に行われる一般的な外科的治療法の一つです。この手術は、膝関節の安定性を回復し、犬が再び正常に歩けるようにするために設計されています。
【TPLOの仕組み】
前十字靭帯が断裂すると、脛骨が前方に滑りやすくなり、膝が不安定になります。通常、前十字靭帯は脛骨と大腿骨をしっかりと固定して膝関節を安定させていますが、断裂するとその機能が失われてしまいます。
TPLOでは、前十字靭帯の機能を代替するのではなく、膝の構造そのものを変えることで、靭帯の断裂があっても脛骨が前方に滑るのを防ぎます。具体的には、以下のような手術が行われます。
【TPLOの手順】
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脛骨を切断: 手術では、脛骨の上部(脛骨高平部)を円形に切断します。
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脛骨の角度を修正: 切断した脛骨の角度を回転させ、膝の角度を調整します。これにより、体重がかかっても脛骨が前方に滑ることがなくなり、膝関節が安定します。
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固定: 修正した脛骨は、金属製のプレートとスクリューを使って固定されます。この固定により、骨が適切な位置で癒合し、安定した膝が再構築されます。
【TPLOの利点】
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安定性の回復: TPLOは、靭帯自体を修復するのではなく、膝の構造を調整して前十字靭帯がなくても安定性を保つことができます。特に、大型犬や活動的な犬に適しています。
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早期回復: 他の手術方法と比べて、術後の回復が比較的早く、多くの犬が早期に運動能力を取り戻すことができます。
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関節炎の進行抑制: 前十字靭帯断裂に伴う二次的な関節炎の進行を遅らせる効果があります。
TTA
TTA(脛骨粗面前進術, Tibial Tuberosity Advancement)は、犬の前十字靭帯(ACL)が断裂した際に行われる外科的治療法の一つで、膝関節の安定性を回復するために行われます。TPLOと同様に、前十字靭帯の機能を代替し、膝の不安定性を解消するための手術方法です。
【TTAの仕組み】
前十字靭帯が断裂すると、膝関節の脛骨が前方に滑り、膝が不安定になります。TTAは、この不安定性を解消するために、脛骨粗面(膝蓋腱が付着する脛骨の上部)を前方に移動させる手術です。TTAの手術では、膝関節にかかる力を変えることで、前十字靭帯がなくても膝の安定性を保てるようにします。
具体的には、膝蓋腱の角度を調整することで、前十字靭帯の断裂による膝の不安定性を補うメカニズムを作り出します。これは、膝蓋腱が前方に引っ張られる力を制御し、脛骨が前方に滑るのを防ぐための方法です。
【TTAの手順】
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脛骨粗面を切離: 手術では、膝蓋腱が付着している脛骨粗面を骨から切り離します。
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脛骨粗面の前進: 脛骨粗面を前方に移動させ、脛骨の角度を調整します。これにより、前十字靭帯が断裂していても、膝の安定性が回復します。
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スペーサーとプレートによる固定: 前方に移動した脛骨粗面は、専用の金属プレートとスペーサーを使って固定されます。これにより、移動した部分がしっかりと骨に固定され、安定します。
【TPLOとの比較】
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TTAは膝蓋腱を前進させる手術ですが、TPLOは脛骨の角度そのものを変更するため、力のコントロールが異なります。
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回復期間はどちらの手術もおおよそ同じですが、TTAは小型犬、特に膝蓋骨脱臼を併発した犬に適しています。一方、TPLOは非常に活動的な犬や大型犬に向いていることが多いです。
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関節の角度や犬の体重、運動量に基づいて、獣医師がどちらの手術が適しているかを判断します。
手術の流れ
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前十字靭帯断裂と診断された場合、まずは麻酔に対するリスクを評価するため術前検査として血液検査(炎症・貧血のチェック)、胸部レントゲン検査(肺・気管など呼吸器疾患のチェック)、心臓超音波検査(心疾患のチェック)、腹部超音波検査(膀胱結石など偶発疾患のチェック)を行います。
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術前検査で問題がなければ、手術日を決定します。手術前日の午後からお預かりします。
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手術が終わったあと、入院は約1週間行い、入院中はご家族との面会が可能です。
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退院後は約6〜8週間ご自宅のケージやサークルの中で骨がくっつくまで安静にしていただきます。
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抜糸は退院後1週間で行い、術後の経過観察は手術から2週間ごとに4回レントゲンを取ることでチェックします。
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その後は術後6ヶ月目まで1ヶ月間隔でチェックしていきます。
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約1ヶ月効果がある痛み止めと2週間効果が持続する抗生剤を院内で投与するためご自宅での内服薬の投薬は不要です。
手術のリスク
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脛骨の骨折:移動させた骨組織はプレートやフォーク、スクリューで固定を行なっているため、 骨がしっかりとくっつくまでに激しい負荷をかかってしまうとその力に負けて骨折を起こす場合があります。
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インプラントの破損:うまく安静ができず、術後早く動きすぎると脛骨粗面を固定しているプレートやフォーク、スクリューが折れてしまうことがあります。
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インプラントへの違和感:インプラントは基本的に抜かず、入れっぱなしにしておきます。スクリューの移動が見られたり、刺激を起こして歩き方に違和感が見られた場合には抜くことがあります。
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骨がしっかりとくっつく前に傷口を舐めると感染が起きたり、傷が開いたりすることがあります。患部の消毒をしっかりと行い、滅菌処理を施した器具で無菌的に手術をしていますので基本的に感染が起こることはありませんが、皮膚に耐性菌がいる場合や免疫抑制剤を投与されている場合は事前にお知らせください。